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2016年2月

日本版CCRCのその後

2016年2月25日

 CCRC( Continuing Care Retirement Community)とは、直訳すれば「継続的なケア付きリタイアメントコミュニティ」となるが、特別養護老人ホームなどの既存の福祉施設とは異なり、健康なうちから地方に移住して作る新しいコミュニティのこと。移住後は地域社会に溶け込み、就労や社会活動、生涯学習など生きがいを持って生活する。年齢を重ねて、介護が必要になった場合には、医療機関と連携し、継続的にケアを受けられるようにする。入居者としては、活動的な高齢者(アクティブシニア)を想定しており、お手本はCCRCというくらいだから米国の高齢者コミュニティだ。介護保険がない米国より日本の方が進んでいるんじゃないのかという気がしないでもない。
 このCCRCが広く知られるようになったのは、昨年514日に開いた「日本版CCRC構想有識者会議」(座長=増田寛也・東京大学公共政策大学院客員教授、元総務相)で概要が報告されてからのこと。その後有識者会議では検討を続けて、昨年12月に最終報告書がとりまとめられて石破茂地方創生担当相に提出された。
 日本版CCRCの発想の原点は、今後、高齢者数が激増する東京圏で医療・介護の受け皿が不足するので、高齢者に地方移住してもらおうということ。しかしそれが強調され過ぎてしまったので、地方を「姥捨て山」にするのかといった批判の声も聞かれた。そこで最終報告書では、タイトルを「日本版CCRC構想」ではなく「生涯活躍のまち構想」へと修正しただけでなく、東京在住者への地方移住意向調査結果を持ち出して、地方移住希望者は50歳代で男性が51%、女性は34%と高くなっていることから書き始めている。つまり高齢者の意向に反して進めるわけではない点を強調して、地方移住ニーズがあるのでそれを中央政府と地方政府がサポートするんですよ、ということになっている。併せて、受け入れる地方自治体の介護保険料負担が重くならないように、介護保険の財政調整制度の強化を促す方向でまとめられている。
 ここでちょっと気になるのが、高齢者の地方移住ニーズについて、男女間で結構な開きがあることだ。「リタイアしたら地方で農業でもやってみようと思う」とご主人。「じゃあ、あなたお一人でどうぞ」と奥さん。典型的な熟年離婚パターンだ。
 また、男性の場合、地方移住ニーズが高いのは確かに50代というリタイア予備軍だが、60代になると、ぐっと減って37%にまで低下している。実際リタイアしてみると、今まで住んできたコミュニティも結構面白いじゃないかということに気付くのかもしれない。
 さらに女性については、地方移住ニーズが最も高いのは10代と20代の47%で(男性も全く同じ47%)、年齢が上がるにつれて、地方移住ニーズは低下している。
 従って、アンケート結果だけを素直に読み取ると、10代と20代の若い世代(男女とも)に地方に移住していただいて、地方で結婚・出産して地方の人口増加・地域活性化に貢献していただくという構想の方が、東京在住者のニーズに応えた上に、地方のニーズにもこたえることになるのではないかと突っ込みたくなる。
 あっさりと、関東の13県では2025年までの今後10年間で75歳以上の後期高齢者が175万人増えると(佐賀県の人口の2倍以上)、医療介護の確保が困難になるので、地方で受け入れて頂戴とお願いした方がすっきりするようにも思う。
 では、この日本版CCRC構想改め「生涯活躍のまち構想」を積極的に受け入れたいという自治体はどの程度あるのか。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局が、1788全都道府県・市区町村を対象に昨年326日から415日にかけて実施した調査結果によると、取り組みを推進する意向が「ある」のは202自治体(11%)で、「ない」もほぼ同数の199自治体(11%)。残りは「今後考える」(78%)で、多くは様子見であることがうかがわれる。地域別では、取り組みを推進する意向が「ある」と答えた202団体のうち北海道が31で最も多かった。また、「ある」のうち75自治体が、地方版総合戦略に「盛り込む予定」と回答し、その75自治体のうち九州分は13自治体。福岡県では北九州市、佐賀県はゼロ、長崎県は県と壱岐市、佐々町、熊本県は熊本市と長洲町、小国町、湯前町、苓北町、大分県は臼杵市のみ、宮崎県が日南市と小林市、鹿児島県が龍郷町といった具合に、全国75自治体の17%を占めていて比較的多い。興味深いのは、関東でも、東京都杉並区や神奈川県茅ケ崎市、千葉県鴨川市、埼玉県秩父市が地方版総合戦略に「盛り込む予定」としていることだ。
 政府は平成28年度にも各地にモデル事業を展開し、安倍総理が掲げる「1億総活躍社会」と「地方創生」の実現に向けた切り札の一つにしたい考えだ。
 「生涯活躍のまち構想」を普及させるには、いくつものハードルがある。最大のハードルはCCRCを推進する人材の確保だ。個々のCCRCの制度設計は、高齢者の移住受け入れに積極的な地方自治体が中心となって進められることになるが、新規事業の場合は具体的なイメージが湧かないので混乱してしまうだろう。
 そんなCCRCのお手本は米国に行けば見ることができるはずだが、実は私たちに身近なところに先行事例がある。福岡県朝倉市(旧甘木市)が「日本初のシニアタウン」を掲げて整備してきた住宅街「美奈宜(みなぎ)の杜(もり)」だ。
 1996年の分譲開始から20年。HPによると、全804区画の約75%が売れ、323世帯656人(昨年末現在)が暮らす。県外からの移住者が5割以上で、子育て世代は1割未満。127万㎡の丘陵地で、福岡県を中心に東京、神奈川、千葉、大阪などからの移住者が田舎暮らしを楽しんでいる。しかし、シニアタウンとして知られる割に、平均年齢は60歳前後で高齢化率は56%と比較的若いことが注目される。不動産開発の「西日本ビル」が米アリゾナ州のシニアタウンをモデルに開発して、管理も手掛けている。介護福祉士が常駐し、警備会社の24時間警備も導入している。陶芸窯、ゴルフ場、温泉なども備える。何度か車で走ったことがあるが、まさにアメリカンだ。
 もう一つの先行事例は、長崎市にある。団塊の世代が定年退職を迎えた2007年前後、全国各地でシニア世代の田舎暮らしを呼び込む施策が花盛りだった。その一つ、長崎市の「ながさき暮らし」推進事業は2006年、同市内の伊王島町、西出津町などの市有地に宅地を造成し、県外在住者に30年間の定期で貸し出した。全15区画中14区画で東京、埼玉などからの移住者と契約が成立している。
 しかし、立ち止まって考えてみると、九州の田舎には、どこも柳谷集落のような九州版相互扶助型CCRCが機能しているのではないかという気もしてくる。アルファベットで大上段に振りかぶらなくとも、今の田舎が政府にサポートして欲しい部分を汲み上げるといった図式で良いのではないかといった感じがしないでもない。

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まだ増える給油所過疎地

2016年2月18日
 資源エネルギー庁が昨日(17日)発表した今週月曜日(15日)時点のレギュラーガソリン全国平均店頭価格は、1週間前より0.3円値上がりして113.5円となった。値上がりは5か月ぶり。しかし、1年半前の818日の価格が169円で、僅か18か月で33%も下落したことを考えると、十分その水準が低いことに違いは無い。この間急激に円安に振れていなかったら、もっとすごい価格にまで下落していただろう。九州7県の平均相場は117.5円と全国平均より4円高いが、それでもひと月前の120円台に比べると下落基調に変化はないと言える。
 
一般に、九州で最もガソリン価格が安いのは福岡県と思われがちだがそうではなく、熊本県(112.6円)。全国平均を1円、九州平均を5円下回る。熊本県に続くのが福岡県かというとそうではなく、宮崎県(113.0円)。ここ数年は宮崎県と熊本県が九州のガソリン価格最安値を競っている。逆に九州でいつも高いのは多くの離島を抱える長崎県と鹿児島県。47都道府県中この2つの県だけが120円台と突出してお高い。長崎も鹿児島も国家石油備蓄基地をもっている(上五島、串木野、志布志)にもかかわらず、製油後に蓄えておく油槽所(市場原理に従って、当然、大消費地に近いところに立地する)からの距離が遠くてガソリン価格が高くなっているというのは皮肉だ。来週、奄美大島に行くのだが、電話で昨日ガソリン価格を尋ねたら、「最近、ようやく140円を下回った」と、一応下落基調にはあるらしいが、離島のガソリン価格は物流コストがオンされるので、どうしても高くなってしまう。では、島の人たちはガソリン代が嵩むのに不満を抱いていないのか尋ねると「不満を言ってもどうにもならないので、誰も文句は言わない」そうだ。離島振興法に基づく補助金対象事業が従来は港湾整備などのインフラ整備に多く充てられてきたが、ガソリン代の補填といったソフト面に向けられても良いのではないか。その一方では、激戦区の埼玉県草加市の幹線道路沿いには、97円を掲げるスタンドも現れたというからびっくりぽんだ。
 全国的には競争が激しい大都市圏の幹線道路沿いなどを中心に、1リットル100円を割り込む地域が見られるようになっていることを考えると、激しい「ガソリン価格格差社会」が存在していることになる。今後も原油価格の下落に加え、中長期的な需要減によるガソリンスタンドの過剰もあって、ちょっとやそっとの円安にもかかわらず、価格引下競争は一段と激しくなりそうだ。ガソリン価格だけ見ていると、「デフレからの脱却」はますます遠のいていくように思えてしまう。
 消費者や運送業界にとっては「待ってました」の燃料費節約チャンス到来で、特に軽油安はこれから引っ越しシーズンを迎える運送業者のコスト減につながる。だが、ガソリンや軽油を販売する側の受け止めは複雑だ。価格下落を埋め込むほどの売上数量増にはなっておらず、先行きの仕入れ価格低下などを見込んだ値下げ競争も激しくなっている。エコカーの普及で燃費が向上しているだけでなく、若者の車離れは進む一方だ。従って、ガソリンスタンドの減少にも歯止めがかかりそうにない。
 少子高齢化・人口減少や低燃費車の普及、自家用車保有台数の減少(ピークは2007年度)などに伴うガソリン需要の低迷で、全国のガソリンスタンドの数は、19953月末60,421か所がピークで、昨年3月末は33,510か所へと20年間で45%も減少した。九州も8,223か所から4,676か所へと20年間で43%減っている。九州で減少率が最も大きかったのは福岡県49%、次いで熊本県46%。不思議なのは、ガソリン価格が高い鹿児島県の減少率は39%、長崎県は35%しか減っていない。つまり、離島と半島で形成される2つの県では減らそうにも減らせないという事情がある。今後も燃費性能の良い車の普及や若者の車離れ、人口減などにより、ガソリンの需要はより一層減少するかもしれないのに加えて、後継者難による廃業も増え続けている。
 そのようななか、給油所が市町村内に3カ所以下しか立地していない「給油所過疎地」も増えており、全国では283市町村にも達する(給油所010町村、1カ所のみが66町村、2か所が96市町村、3カ所が111市町村)。全国の市町村数は1718なので、16%の市町村にはガソリンスタンドが3か所以下しか存在しない。平成の市町村合併で自治体の面積は広くなっているので、3か所というのは決定的に少ないと言える。
 九州の給油所過疎地は、20町村。うち6町村は意外にも福岡県にある。3か所しかないのが福岡県糸田町、熊本県南小国町、球磨村、宮崎県綾町、木城町、椎葉村の6町村。給油所が2か所なのは福岡県遠賀町、東峰村、赤村、吉富町、佐賀県上峰町、熊本県五木村、大分県姫島村、宮崎県西米良村、諸塚村そして鹿児島県宇検村の9町村。1カ所しかないのは福岡県小竹町と熊本県水上村の11村、そして給油所が1つも無いのが鹿児島県三島村と十島村の2村となっている。
 そんな給油所過疎地の住民は、ある意味「ガソリン難民」「灯油弱者」とも言える。特に、先月末の急な寒波到来時の灯油購入は、死活問題にもなりかねない深刻な課題となっているが、大分県杵築市大田地区(旧大田村)での給油所過疎地対策が全国の注目を集めている。「灯油配置販売」方式だ。
 大田地区には723世帯が生活しているが、冬場は5㎝以上積雪するので灯油ストーブは冬場の生活に欠かせない。しかしかつては5軒あった給油所が今では1か所だけになった。ポリタンクを車に積んで買いに行けるうちは良いが、高齢化が進み、灯油購入が困難になる世帯が増えてくることに対応している。希望した家庭100世帯に無料で90リットルのホームタンク(でかい灯油缶)を設置して、廃業せずに最後まで残った給油所のミニタンクローリーが定期的に巡回して、使用量分だけ補充してその分だけの料金を払ってもらうという「越中富山の置き薬方式」を取り入れた。住民としては灯油が切れるたびに買いに行かずに済み、事業者としても、コースを決めて1510世帯を巡回するだけで済み、行政としては、給油所事業者が各高齢世帯に声をかけてくれるので、安否確認もできるので福祉コストを抑制できる。福祉目的となると行政も助成金を予算化しやすくなる。そこで、各世帯に設置するタンク設置費の8分の1を杵築市が、8分の6を大分県が、残り8分の1は売上につながる給油所事業者が負担するという給油所過疎高齢地らしい取組が実現した。
 それぞれの地域の実情に見合った様々な給油所過疎地対策が、地方創生プランの中にもっと見られても良いのではないか。

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記憶に留めておきたい今回の大寒波

2016年2月11日

10日ほど前の大寒波が、かなり昔のことのように感じられるが、ここに来て、九州各県から農業の被害額がようやくまとめられて発表されるようになった。
 気象庁によると、先月24日を中心とした寒波で、九州・山口に140か所ある観測地点の4割弱にあたる52地点で観測史上最低気温を記録したそうで、九州で最も気温が低かったのが、意外にも南九州、鹿児島県伊佐市大口(黒伊佐錦の大口酒造が立地)の氷点下15.2℃、それに次ぐのが熊本県あさぎり町(球磨焼酎メーカーが多く立地)の氷点下13.8℃。先週木曜の朝8時に、あさぎり町の隣の隣の人吉市の中小企業大学校を訪ねたところ、大学校に着いた時の外気温は氷点下7.5℃だったので、大口から人吉あたりはまさに南九州の北海道と言えるだろう。一方、南の奄美大島では115年ぶりの降雪を観測した。115年ぶりということは奄美での前回の雪は1901年ということ二なるが、奄美大島のすぐ隣の喜界島に住む田島ナビさんは昨年115歳で国内最高齢者になられたので、田島ナビさんが0歳の時以来の雪ということになる。もっとも、先月末奄美大島の農業生産法人に降雪の被害が無かったか尋ねたら、「そもそも雪は降っていない」とのこと。霙(みぞれ)が降っただけだが、雪の定義には霙も含まれるので「奄美大島で115年ぶりの雪」という全国ニュースを見て、奄美の方々は皆さん一斉に驚いたと言う。むしろ強風による被害が大きかったそうだ。
 で、寒波による農業被害額(速報値)は、福岡県が12600万円で、レタスなど野菜の被害面積が30ヘクタールに上った。佐賀県が福岡県とほぼ同じ13000万円。アスパラガスのハウスの被害が多かった理由は「加温しないため、強度の低い構造だったのではないか」と言われている。長崎県の被害はケタが1つ大きくなって105600万円。うち露地栽培のビワが83600万円を占め、収量は平年の約1割になる見込みという。長崎県のビワ生産量は全国シェア3分の1で、ダントツの日本一。一般的な茂木ビワは56月に出荷されるが、「長崎早生」という品種は1月末から出荷される。しかも長崎のびわは露地物が9割を占めるので、その露地物が打撃を受けた。熊本県の農業被害額は福岡県、佐賀県とほぼ同じ12500万円。ブロイラーのひな100羽が寒さをしのぐため身を寄せ合って圧死した。ビニールハウス栽培は、47都道府県の中で熊本県が日本一だが、今回の寒波では、その割にはハウス倒壊が少なかった。県北部の荒尾寄りと県南部の八代以南はひどかったが、熊本市界隈はそれほどの降雪もなく、九州縦貫道も熊本ICの南北が最後まで通行止めにならず、最初に通行止め解除になったことからも、九州のど真ん中はそれほどでもなかったことが分かる。一方、九州でも東側の大分県の被害額はうんと少なくて100万円。宮崎県は今現在も被害を調査中ということだが、九州の県庁所在都市で積雪が観測されなかったのは宮崎市だけなので、被害額も宮崎県の場合は内陸部に限られると思われる。
 そして最後に鹿児島県の被害額を見ると、だんとつ1位の274000万円。九州の農業被害額の3分の2は鹿児島県で発生している。野菜がほとんどで262千万円。ソラマメとスナップエンドウの生産量日本一の指宿市では、実っていた豆類が凍って変色するなど壊滅状態となり、指宿市だけで鹿児島県全体の被害額の半分以上を占めた。ということは、今回の大寒波で、もっとも九州で甚大な被害が出たのは、鹿児島県指宿市の「豆」(九州の被害額の3分の1を占める)だったということになる。あまり知られていないが、「指宿の豆」は知る人ぞ知るブランド豆で、東京の太田市場や大阪の青果市場で、九州の農家がもっと生産したらいくらでも儲かるという農作物はないかと尋ねたら、「指宿のソラマメ」と即答されたことがある。高級料亭からは、毎年、「指宿の豆はまだか」と急かされて、産地に連絡すると、ソラマメは規格外品の割合が高くて作るのが面倒と言ってなかなか作ってくれないとのことだった。
 そして寒波が去った1週間後、福岡市郊外のショッピングモールで買い物をしていたら、野菜売り場の一角で一枚の貼り紙が目に留まった。
 「鹿児島県産スナップえんどうは、出荷ピーク直前に実やさやが変色したり、花が枯れる等の被害を受けました。しかし品質には問題がありませんので、お客さまにも安心して食べていただけます。農家の方々が丹精込めて作られたスナップえんどうをお買い得価格にてご提供してまいります。これら商品は先週価格と比べて約2割お買い得になっています」
 イオン九州とマックスバリュ九州は、大寒波により深刻な被害を受けた鹿児島県産スナップえんどうを、九州の91店舗で、大寒波の1週間後の22日から1万袋を順次販売した。流通業界のバイヤーが品質面でお墨付きを与えることで、消費者も安心して購入することが出来る。食料供給基地らしい自然災害時の「農業」と「商業」の連携は、高く評価されて良いのではないだろうか。
 イオンは九州一円で郊外型ショッピングセンターを多店舗展開してきた。各地の流通業界との軋轢をもろともせずに、消費者と産地の支持を得ながらここまでシェアを高めてきた理由を垣間見たような気がした。

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3年連続で過去最高を更新した農林水産物輸出

2016年2月4日
 一昨日(22日)、農林水産省が昨年1年間の農林水産物・食品の輸出額を発表した。それによると、前年比22%増の7452億円と初めて7000億円台に達し、3年連続で過去最高を更新した。安倍政権が誕生した3年前に比べると7割も増えているが、その主たる理由は3つある。
 
1つは2012年末からの日銀の異次元の金融緩和で「円安」が進行して、日本の農産物が割安で買えるようになったこと。人によっては、製造業の多くと同様に、単に円安で見かけ上の輸出「金額」が増えただけじゃないのかという意見もあるが、農林水産物の場合は輸出「数量」もきちんと増えているのでそれは当てはまらない。また、ジェトロの調査によると、食品輸出は円建てでの代金決済が8割以上を占めており為替相場変動の影響は受けにくいらしいから、実体面でも農林水産物の輸出は増えていると考えられる。2つには2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録されるなど海外で和食ブームが広がったこと。もし「ブーム」だったら、いつかは「去る」ということになるので、今のうちに「ブームを底力に変える」努力が求められることになる。3つには福島第1原発事故後に各国で導入されていた日本産食品に対する輸入規制が徐々に緩和・撤廃されたこと、である。
 と、ここまでが一般的な農林水産物輸出増加の3つの理由だが、もう1つ、誰も褒めてくれないが輸出を後押しした理由がある。それは、政府のきめ細かな海外市場開拓戦略だ。
 2年半前の20138月、農林水産省は「農林水産物・食品の国別・品目別輸出戦略」を策定した。このレポートを読んでみると、8つの品目を「重点品目」に指定して、重点品目ごとに輸出重点国・重点地域を定めて、輸出環境を整備する具体策が示されている。8つの重点品目とは、①加工食品、②水産物、③コメ・コメ加工品、④林産物、⑤花き、⑥青果物、⑦牛肉、⑧茶の8つだ。これらの中から「加工食品」1つをとってみても政府の輸出努力がよく分かる。主要な輸出国である中国、香港、台湾、韓国においては、福島県等の一定地域からの輸入が停止されており、大きな障害となっているので、安心安全を示す科学的データを日本政府が提供することによって規制措置の緩和・撤廃に向けた働きかけを行っている。韓国が福島第1原発事故を理由に日本からの水産物輸入を規制しているのは不当な差別だとして、昨年8月に日本政府が世界貿易機関(WTO)に韓国を提訴したのはその具体的なアクションの1つだ。また、加工食品に使われている既存添加物は日本のインスタント食品や菓子等多くの加工食品に着色料として使用されているが、EUでは食品への使用が認められていない。そのため、食品製造業者は、輸出しようとする地域の基準に適合した添加物を使用することで現在は対応しているが、既存添加物の使用が輸出先においても認められれば、日本に流通する既存の食品をそのまま輸出できるようになる。そのためには、多くの安全性試験データをもって事業者(添加物製造事業者)が相手国・地域に申請し、承認を得なくてはならないが、この試験データの取得は多額の費用と時間を要する。そこで、国は申請しようとする事業者を支援するようになっている。さらに最近は林産物の中でも丸太の中国向け輸出が増えているが、中国の建築基準法では木造建築の構造や使用可能な樹種・原産国が細かく規定されていたので、日本からの輸出木材の用途は土木工事の型枠部材などに限られていた。そこで日本政府が日本産のスギやヒノキなどの素材や軸組工法に関する情報を提供することによって中国の法改正に至り、輸出の可能性が大きく広がった。重点8品目のうち「林産物」だけが早くも2020年の目標輸出額を既に上回っているが、その増加の背景には、活発な政府間交渉があったことは余り知られていない。農林水産物輸出増加の背景に、政府のサポートが効いていることは、もっと評価されて良いのではないか。
 ところで、重点8品目の輸出が全て2016年の中間目標額を既に達成したのかというと、そうではない。目標達成率が100%を超えているのは「青果物」と「緑茶」と「林産物」と「水産物」の4品目だけだ。もっとも、「加工食品」の中間目標達成率は98%で、「牛肉」も97%なので、この2品目はほぼ達成と言って良い。それに対して目標を大きく下回っている重点品目が2つ。1つは「コメおよびコメ加工品」(中間目標達成率72%)で、もう1つが「花卉」(同61%)だ。
 「コメおよびコメ加工品」では、煎餅やあられといった米菓や日本酒などのコメ加工品の輸出は好調だが、「和食ブーム」の本丸でもある肝心のコメが想定していたほどの輸出金額に達していない(昨年の増加率は56%増と高いのだが)。昨年のコメ(援助米を除く)の輸出額は22億円だったが、14千億円の国内生産額から見ると0.16%しか輸出に回っていないのは寂しい。現在はコシヒカリを中心とした高級品種が輸出の中心なので、香港やシンガポールの店頭での小売価格は米国産の2倍程度と高く、中国の北京で日本産コシヒカリはキロ当たり2000円弱と中国産米の10倍以上と高いので、買うのは一部の富裕層に限られる。コメの輸出を増やすには、単収を上げるなどして生産コストを下げる努力が求められる。
 もう1つ、年々輸出は増えてこそいるものの目標値を下回っているのが「花卉」だ。昨年は、中国向けの「盆栽」の輸出が減少したのが響いた(ここ数年間、海外では「生きた芸術作品」として盆栽=BONSAIの人気が急速に高まっている)。その花卉の中でも健闘しているのが「切り花」の輸出だ。輸出先としてここ数年大きく伸びて、アメリカに次ぐ第2位の輸出先となったのが九州に近い「香港」。しかもその「香港」向けに昨年初めて福岡空港から切り花の輸出が始まった(736kg2,585千円、全国は57,821kg222百万円。全国シェアは1%台)。香港では欧米同様、バレンタインデーには男性が女性に花をプレゼントする。そして切り花の都道府県別出荷量で福岡県は全国第三位なので、来週あたり福岡空港経由で香港に切り花を輸出すると、ひと山あてられるかもしれない。
 それにしても3年連続で農林水産物輸出が過去最高を更新したのは喜ばしいことだが、まだまだ課題は多い。九州からの輸出が増えたイチゴを例にとっても、TPPではベトナムやカナダ向けのイチゴの関税は発効と同時に撤廃されるが、検疫のルールに関する協議をしていないので関税がゼロになっても輸出はできない状況だ。さらにアジア各地でも国内同様に日本のイチゴ産地は「あまおう」VS「とちおとめ」のような「イチゴ戦争」を繰り広げており、身内の競争で価格引下げを余儀なくされている。産地間で協調して輸出時期をずらす「リレー輸出」が可能となれば、海外市場はさらに開拓できるのではないかと思う。
 そんなことを考えると、農林水産物の輸出はまだまだ開拓の余地があり、20201兆円という目標も前倒しで達成可能となるのかもしれない。 

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