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2016年4月

増えたメロンの輸出額だが

2016年4月28日
 震度7から2週間。熊本県は一昨日、熊本地震による農林関係の被害額が最低でも236億円に上るとの試算を発表した。今年1月下旬の大寒波時の「鹿児島県指宿市の豆」の被害額だけでも27億円、「長崎県のビワ」の被害額だけでも10億円だったので、今回の地震による農林水産業関係の被害額公表は初めてとは言え、どう考えても発表金額は少ない。また、熊本県は肉用牛が全国4位、乳用牛が3位という畜産県だが、今回の地震で少なくとも100棟の畜舎が倒壊したというから、畜産業での被害額も膨大なものになるだろう。さらに、被害が大きかった益城町や南阿蘇村、西原村での被害調査は実施できていないというから、試算額を発表する時期が早すぎたようにも感じる。。
 今回の県の試算によると、236億円の被害額のほとんどは、林道施設や土砂が流れ込んだ農地被害のもので、熊本県が生産額日本一のトマトやスイカといった農業作物の被害額は僅か4500万円とされている。1月の大寒波の時の熊本県の農業被害額は12500万円だったので、あれより少ないとは考えにくい。では今後、どこまで被害額が膨らむのかというと、今回は「想像もつかない」という県職員の見立てが正しいだろう。
 熊本県が日本一の産出額を誇る「トマト」と「スイカ」の被害や産地の状況については各方面で詳しく伝えられているが、熊本県が全国3位の産出額を誇る「メロン」への地震の影響はどうだったのだろうか(ちなみに、全国1位は意外にも茨城県、第2位が夕張メロンの北海道。10位には長崎県が入っている。メロンやスイカの統計を扱う時は、イチゴと同様に農林水産省の統計では「野菜」に分類されているが、青果市場に出荷されて市場に出回る段階では「果物」に分類されるので、調査マン泣かせの農作物である)。
 で、宇城市では18日に出荷を予定して収穫していたアンデスメロン1000個が、選果場が被災したため出荷が大幅に遅れて、24日になってようやく大阪に出荷されたところ、1000個全部が3時間で完売したという。製造業の場合、生産機械が壊れてラインが止まると出荷することもできなくなるが、農業の場合は、選果施設が壊れても、扱っているのが生き物だから次から次へと実をつけて熟していく。素材の生産を止めるためには、次々と育ってくる農産物を廃棄しなくてはならないという点が製造業と大きく異なるところだ。本来は廃棄処理まで考えたメロンだったので格安だったということもあるが、日数が経って、丁度食べごろの完熟状態になっていたのも功を奏したのかもしれない。
 そんなメロンだが、これまでもイチゴや柿やさつまいもの輸出が急増しているという話をしてきたので、「よもや」と思って昨日貿易統計で調べたらビンゴだった。メロンも過去10年間で輸出が大幅に増えていた。
 貿易統計の品目では、「メロン(スイカも含む)」となっているが(英語ではスイカのことをウォーターメロンというので、同じようなものといえばそうかもしれない)、大きいスイカを輸出するのは非効率なので多くはメロンと思われる。門司税関管内からの輸出額をさかのぼると、ほとんどが博多港か福岡空港からの輸出だが、2000年に92万円だったのが、2005年には125万円とちょっと増えて、20101671万円、そして2015年には4,031万円へと急増している。足元10年間で九州のメロンの輸出額は32倍に増えた。ちなみに全国は10年前(2005年)の2千万円弱(1,978万円)が昨年(2015年)は28千万円弱(27,962万円)へと14倍に増えたに過ぎない。結果、九州からのメロンの輸出シェアは10年前の6%から昨年の14%へと高まりを見せた。この九州農産物輸出に大きく寄与したのが、熊本県のメロンである。
 では、どこに輸出されているのか。ほとんどが他の農林水産物同様に、何でも関税ゼロで受け入れてくれる「香港」で95%。昨年はマカオにも5%輸出されているが、香港、マカオとくれば、ああそういうことね、と大人の事情が見えてくる。
 ここまで輸出が近年増えてきた理由は、円安や熱心な販路開拓努力が大きいが、熊本の熊本城や阿蘇山、温泉を訪ねてきた外国人観光客が、現地で熊本のメロンを手にして口にして、その味や鮮度に納得して、帰国後も食べてみたいと感じたことも大きく影響している。その九州熊本の味力(みりょく)をアピールしてきたインバウンドが激減しているのが残念だ。
 さらに興味深いのは、全国の輸出先を見ると、香港が圧倒的に多いのは九州と同じだが、ここ数年で九州の輸出先には全く入っていない国向けの輸出が少しずつ増えている。オマーンやアラブ首長国連邦(UAE)といった中東だ。しかも通関時の単価が、香港向けはキロ当たり1千円をやや下回る程度だが、中東向けは超高価だ。オマーン向けはキロ当たりなんと14千円を上回っている。これはおそらくメロンではなくスイカだろう。今から78年前に、「鳥取スイカがドバイでひと玉3万円」「JA鳥取中央がドバイへの輸出に向けて愛称を一般募集し、「ドバイの太陽」に決定」というニュースが大々的に流れたことがあったが、あの名残でニッチな市場を狙ったものだろう。
 地震による農業被害額さえ未だ固まらないので、熊本農業の復旧・復興に向けた工程表も見えてこない。地元では次の一手を考える余裕などないかもしれないが、被災地農家を取り巻く、商社や流通業者は、復旧した場合の販路を今のうちから検討しておくなど、食料供給基地=九州の団結力を東京や大阪そして海外に示したいものだ。

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大動脈が寸断した九州 〜震度7から1週間〜

2016年4月21
 被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
 11年前の福岡県西方沖地震最大震度6弱の感覚を覚えているので、「二度の震度7」や「震度6強の余震」は想像を絶する。とりわけ、この10年間は鹿児島〜福岡間を毎年70回以上往復してきたので、マイレール=九州新幹線の脱線とマイロード=九州縦貫道の亀裂、緑川PAの陸橋崩落のニュースには愕然とした。
 昨年度まで、熊本市中央区大江の熊本学園大学で毎週1回、日本経済論の授業をしていた。本年度は業務の都合で夏休みの集中講義に切り替えさせていただいたところでの地震だ。GW開けまでは休講ということだが、心配なのは今日の大雨警報だ。4年前の九州北部豪雨を思い出す。白川は耐えてくれるだろうか。被災した家屋に被せたブルーシートは大雨から室内を守ってくれるだろうか。大学は建物・施設が被害を受ける中、一部の施設を避難所として開放し、被災した学生や職員がボランティア活動を続けている。とにかく被災者が被災者を支え続けている状況を何とかしないといけないと思うが、余震と道路の寸断と今日の雨で動けない。
 熊本市内にお住まいで経営コンサルタントをしておられる3人の方とチームを組んで3月まで何年も一緒に仕事をしてきた。今週月曜日夕方に勇気を出して携帯に電話してみたところ、3人とも御無事だったが避難所生活で、お一人は自宅が半壊。電話をしたのは夕方だったが、つい先ほどようやくコンビニでおにぎり1個を買うことができたとおっしゃっていた。オーバーストア気味の熊本市内だが、さすがにこの長引く余震ではコンビニなどの小売店舗がライフラインとして機能するには至らなかったようだ。
 ただ、ここに来て電気、水道、ガスといったライフラインが急ピッチで復旧し始め、交通インフラも、市電やJR鹿児島線の復旧に加えて、熊本空港一部再開、九州縦貫道植木IC〜益城熊本空港IC間も19日午前からは緊急車両だけだが通行が可能となるなど、ちょっとは支援体制が整いつつある。佐川急便、日本郵便、ヤマト運輸といった物流業者が配達と集荷を再開したのは大きい。
 それに歩調を合わせるように、災害ボランティアの受入れもようやく始まりそうだ。震度72度も経験した益城町と甚大な被害を受けた南阿蘇村が今日21日からボランティアの受入れを発表し、熊本市の災害ボランティアセンターも明日22日金曜日の午前9時からボランティアの受け入れを始める。北と南からサポーターが漸く入れる。九州地方知事会も各県が支援する市町村エリアの区分けと役割分担計画を策定した。とにかく被災者が被災者を支え続けている状況を何とかしたいところだが、私たちが注意しなくてはならないのは、受け入れにはキャパシティがあるということ。益城町は200名と具体的な受入れ人数を発表しているので、各災害ボランティアセンターのホームページで確認しつつ動きたい。それと今回の被災地の特徴は「被災者の多くが車で移動している」ということ。被災者の移動を妨げないためにも、マイカーでの乗り入れは避けたい。

 地震速報で震源地として頻繁に登場するのが「熊本県熊本地方」だ。熊本県を地域分析する時は、県北・県央・県南に分ける場合が多いが、気象庁の地域区分では熊本県を「熊本地方」「阿蘇地方」「天草・芦北地方」「球磨地方」の4地域に分けている。北の山鹿・荒尾・玉名から南の八代まで南北に長いのが「熊本地域」なので、震源が菊池なのか熊本都心なのか八代なのか解りにくい。
 その熊本地域でも震源となった熊本都市圏は、九州では福岡都市圏と並ぶ人口増加地域だ。201510月の国勢調査結果速報で人口増加率を見ると、九州の233市町村中、震度7だったことが昨日判明した西原村が32位、九州No.3の政令指定都市=熊本市が23位、震度72回も襲われ、再春館製薬所の工場が立地し、小倉の西日本総合展示場、福岡のマリンメッセと並んで九州を代表する見本市・展示会・商談会の拠点=グランメッセがICのすぐ横にある益城町が15位、地震発生後は稼働停止中のサントリー九州熊本工場が立地する嘉島町が12位、半導体製造大手の東京エレクトロン九州の本社や三菱電機熊本工場が立地する合志市が6位、本田技研工業熊本製作所の企業城下町で、福岡県苅田町や佐賀県玄海町とともに年によっては不交付団体となることもある大津町が5位。そしてソニーセミコンダクタや富士フイルム九州工場が立地する菊陽町が国勢調査人口増加率九州3連覇こそ逃したものの第3位。従って、人口減少が続く九州で、福岡都市圏に次いで成長ポテンシャルをもっている地域であり、そこで震度56が連続して発生していることになるので、個人消費だけを取り上げても今回の熊本地震が九州経済にとって大打撃というのは明らかだ。
 この熊本地域と阿蘇地域が果たしている九州全体での機能・役割は何か。間違いなく九州経済全体を支える九州新幹線・九州縦貫自動車道といった高速交通インフラの大黒柱、バックボーン、大動脈の中心である。そして、熊本地域の中心でありシンボルでもある熊本城から東に進むと阿蘇大橋を右に見ながら内牧温泉、黒川温泉、由布院温泉そして別府温泉と、今も昔も九州観光のゴールデンルートだ。さらにシリコンアイランド九州の本丸で、熊本市南区(旧城南町)のアイシン九州が稼働停止しただけで全国のトヨタの工場のラインが停止したことからも分かるように、カーアイランド九州の一翼を担っている。
 今はインフラや工場の点検を済ませても、規模の大きい余震があるたびに再点検をしなくてはならない状況が続いているので、復旧・復興の目処は立たない。しかし「止まない雨は無い」ので、次のステップに向けて心の準備だけはしておきたい。
 オール九州の団結力が試されている。

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進む社長の高齢化と再び注目集めるM&A

2016年4月14日
 帝国データバンク福岡支店が先月末発表した2015年年末時点での九州(含む沖縄)の社長分析調査によると、九州の社長の平均年齢は58.9歳となり、過去最高を更新した(調査対象は11457社)。比較可能な1990年以降は26年連続で上昇しているという。20年前の1995年の54.7歳は10年前の2005年に57.0歳になり、2015年に58.9歳なので、過去20年間については、1年におおむね0.2歳ずつ高齢化が進んでいることになる。私は今56歳で1年にちょうど1歳ずつ高齢化が進んでいるので、何年後に私は九州の社長の平均年齢を超えるのか計算したところ(56+X=58.9+0.2Xを解くと、X=3.625)、4年後には私の方が九州の平均的社長より年寄りになることが分かった。そうなると、以前は、「経営者の高齢化が問題で、若い人に事業を早く承継しないと時代に付いていけなくなってしまう」といつも言っていたのに、いざ自分の方が年寄りになると思うと、なんだか寂しいような気持になってしまうし、逆に開き直って、60歳の社長なんて、まだまだ十分若いじゃないのと思えてくるから不思議だ。
 今の1年で0.2歳という社長の高齢化テンポが今後30年続くと、社長の平均年齢が0.2歳×30年=6歳上がってほぼ65歳、いわゆる「高齢者」に該当する歳に達することになる。日本は世界保健機関(WHO)や他の先進国と同じく、65歳以上を「高齢者」と定義しているが、この「65歳=高齢者」については、昨日、自民党の小泉進次郎議員ら若手議員が、高齢者に偏った社会保障の見直しを目指して「65歳からが高齢者というのはもうやめよう」とする提言を発表して話題になっているところだ。2014年に実施された内閣府の意識調査でも、高齢者を「70歳から」と捉える人が増えている。しかし、30年後を考えると、グローバル化やIoTを含むIT化、地球環境問題・エネルギー問題の深刻化に対応した経営が、今とは比べものにならないくらい浸透しているだろうから、さすがに65歳社長の経営は厳しいのではないかという見方もできる一方、「企業経営に年齢は関係なく、意思決定が的確迅速であればそれで良い」という見方もできるし、「30年後に65歳になる経営者は、今現在は35歳の働き盛りでグローバル化やIT化の真っただ中でがむしゃらに働いている末端中間管理職層なので、時代をむしろリードできるくらいに育っているのではないか」という楽観的な見方もできる。このあたりは、難局を柔軟に乗り越える今現在の人材育成次第といったところだろう。

 ここで今の社長の平均年齢を県別に見ると、長崎県が60.0歳と大台に乗って全国第8位、それに次ぐのが59.6歳の鹿児島県で全国18位。いずれも全国平均より高齢化が進んでいるが、2県ともに、もともと社長の高齢化が進んでいたわけではない。この調査が始まった1990年時点では、長崎は25位、鹿児島も34位と、全国47都道府県でも真ん中より下に位置していた。相対的には若かったのだ。ところが、バブル崩壊以降の四半世紀の間に、他県より早いスピードで社長の高齢化が進んでしまった。全国順位を上げてしまった背景には、若年層の県外流出が進み、「事業承継」がスムーズに進みにくくなったことがある。
 そして、この2県に共通する最近の話題と言えば、十八銀行の福岡フィナンシャルグループ入りと十八・親和の合併計画、そして鹿児島銀行は昨年10月に肥後銀行と経営統合、といった金融再編の話題である。この2つの金融再編の記者会見で各行頭取が口にしたのは「地域の人口減少と高齢化」である。銀行にとって融資先地場中小企業の経営トップが高齢化していくなかで、なかなか後継者が見つからないという問題を間近に見ている分だけ、より強く地域経済の危機感を感じているのだろう。
 余談だが、九州で全国平均を上回っているのは、長崎県と鹿児島県以外にもう1県ある。佐賀県の59.5歳だ。ということは次の金融再編の舞台に上るのは、・・・?
 では後継者難の背景に何があるのかというと、「景気低迷」である。良いように解釈すれば「今のような苦境を乗り切るには社長の豊富な経験と人脈が頼みの綱」ということになるのだが、多くの経営者の話を聞いていると、実はそうではなくて「意中の後継者候補に声をかけても、優秀であるがゆえに、厳しい経営環境と改善しない財務状況が良く分かっているので引き受けてくれない」というのが実態である。
 会社経営を次の世代にバトンタッチすることを「事業承継」といい、中小企業の事業承継の具体策としては、「親族内承継」(社長自身が個人財産を事業に提供したり借入の保証人になっていたりするため、構造的に親族内から後継者を選ばざるを得なくなっているのにご子息が後継者になりたがらない)か「従業員への承継」が圧倒的に多いが、後継者になり手が少ない最近は「外部からの招聘」も増えつつある。つまり大口取引先や取引金融機関のOBに社長をやっていただくというパターンだ。親しくしている税理士の言葉を借りれば「民民天下り」であり、最近は金融機関からの社長ポスト受け入れが特に増えてきているそうだ。そして究極の事業承継パターンが、身売り、すなわち「M&A」である。では、そのM&Aは九州で進んでいるのか。
 M&Aのサポートを事業としている株式会社レコフ(東京)のまとめによると、2015年度に九州(含む沖縄)の企業が絡んだM&Aの件数(出資、事業譲渡含む)は、前年比19件増の122件。これは、リーマンショックの2008年度以降で最多だそうだ(三井松島産業(福岡市)がさいたま市の縫製会社の全株式取得、西日本鉄道がオーストラリアの物流企業の全株式取得等)。件数がリーマンショック以降最多となる一方、M&Aの金額合計(判明分のみ)は前年比84%減の計366億円で、2007年度以降で最少だという。つまり、データからは、中小企業同士のM&Aのような小口M&Aが増えてきているということになる。
 さらに、昨日の西日本新聞が書いているが、コンサルティング大手のデロイトトーマツグループが、今月、福岡市天神にM&Aを専門に手掛ける拠点を置き、東証一部上場の株式会社日本M&Aセンター(東京)も今月1日、博多駅前に福岡営業所を開設したほか、東京のローファーム(大規模弁護士事務所)も近年相次いで進出しているという。それだけ九州では地場企業の再編や事業承継の需要が高まっているということになる。
 今から10年ちょっと前までは、M&Aと言えばダーティなイメージが強かった。ニッポン放送株をめぐるライブドアとフジテレビの買収合戦はその代表的な事例だ(結局、和解に至ったが)。あの時は、「敵対的買収」への防衛策構築が上場企業の喫緊の課題となった結果、経済産業省は、「買収防衛策に関する指針」を発表した。ところが今、中小企業庁は、高齢化する中小企業の社長の年齢を引き下げるための事業承継を推進する手段として、M&Aを推進するように変化している。
M&Aに関する話題の中心は、10年前の大企業のM&A防衛策中心から、5年前の円高時代の海外進出手段としてのM&Aへ、そして現在の中小企業の事業承継手段としてのM&Aへと変化しつつあると言えるだろう。M&Aひとつを取り上げても、この10年で時代の変化が実感できるのではないだろうか。

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アイスクリームの新たな展開

2016年4月7日

 福岡市の1日の最高気温がコンスタントに20℃を超えるようになったので、ホットコーヒー中心だったコンビニコーヒーも徐々にアイスコーヒーにシフトし始めている。気象情報を商品戦略に生かす手法や技術を、ウェザーマーチャンダイジング(WMD)と呼ぶが、それに従うと、コーヒーは1日の最高気温が20℃を上回るようになるとホットからアイスに売れ筋が変化し始める「昇温商品」と言われている。そして、もうしばらくして1日の最高気温が25℃(夏日)になると売れ始めるのが「ビール」と「アイスクリーム」だ。
 そんなアイスクリームにまつわる最近の話題が4つある。1つは、ワイドショーなどでも大きく取り上げられたように「価格引き上げ」だ。
 赤城乳業(埼玉県深谷市)のアイスキャンディー「ガリガリ君」と井村屋(津市)のアイスクリーム「あずきバー」が41日出荷分から10円値上がりして希望小売価格が税抜70円になった。「ガリガリ君」は25年ぶり、「あずきバー」は24年ぶりの値上げだという。この2商品の今年の値上げばかりが目立っているが、実は、1年前には先行して、グリコやモリナガ、ロッテも7年振りにアイスクリームを値上げしているので、この1年間は、アイスクリーム一斉価格引き上げイヤーだったことになる。原材料となる乳製品や、包装資材の価格高騰が影響しているということは、円安が悪い方向に作用した結果とも言える。
 アイスクリームにまつわる2つ目の動きは、「販売数量・金額ともに増加基調」にあること。日本アイスクリーム協会まとめによると、アイスクリーム類(アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、氷菓)の2005年度の販売数量78kl2014年度には83klへと6.4%増、販売金額は3533億円から4369億円へと24%も増えている。数量の伸びよりも金額の伸びが大きいということは、高付加価値化・高級化が進んだということになる。
 3つ目の動きは、「輸入が減って、輸出が増えている」ことだ。アイスクリーム類の輸入数量は、2000年に25,294トンあったのが、減少基調をたどり、2015年は8,196トンへと大きく落ち込み、輸入金額は2000年の74億円が2015年には34億円にまで落ち込んでいる。なお、輸入元第一位は、ニュージーランドだ。TPP交渉基本合意で最後に暗礁に乗り上げたのがニュージーランドの乳製品だったというのも頷ける(基本合意内容は、現在の21.029.8%をアイスクリームは6年かけて6367%削減。氷菓は11年目で関税撤廃)。
 国内の消費量が確実に増えているのに、輸入が大幅に減少しているということは、国産品のシェアが高まっているということだが、もしかすると輸出が増えているのではないかと思って調べてみた。すると、15年前の2000年の輸出数量は1,268トン、輸出金額は5億円、10年前の2005年は1,121トン、5億円だったのが、2010年には1,382トン、7億円。それが昨年2015年には3,545トン、20億円。ざっくり言うと、15年間で輸出数量は3倍、輸出金額は4倍に増えている。とりわけ、足下の2年間の輸出の増え方がすごい。これも円安効果だ。
 アイスクリームの輸出が増えるためには、冷凍コンテナが不可欠なので、もしかすると冷凍コンテナを使った貿易が九州では増えているので、門司税関管内はどうなっているのか調べた。すると、博多港からのアイスクリーム類の輸出数量と金額は、2000年に15トン、7百万円に過ぎなかったのが、昨年2015年は569トン、27600万円へと増えている。なんと数量、金額ともに40倍弱にまで増えている。結果、博多港のアイスクリーム輸出シェアは、2000年の1%から14%へと大幅に高まっている。冷凍コンテナの取扱量が増えた効果だ。輸出先は圧倒的に「台湾向け」だ。博多港の輸出数量569トンのうち534トン、94%が台湾向けで、それに中国、シンガポール、香港と続く(全国も同様の順位だが、台湾向けは47%にとどまる)。
 4つめの動きは、アイスクリームのフレーバーと関係がある。アイスクリームのフレーバーの中では、チョコレートや抹茶やストロベリーを抑えてダントツ人気第一位なのが「バニラ」だ。バニラの果実「バニラビーンズ」は、一年を通じて暖かい国からの輸入が多く、アフリカの島国「マダガスカル」が世界の7割を生産しており、日本もほとんどをマダガスカル産に依存してきたが、品質面や価格が不安定という欠点があり、ここに来て、九州でも「バニラ」の生産に挑戦する農家が現れるようになった。
 先鞭を切ったのは、福岡県久留米市の金子植物苑。2011年に「農商工連携事業」の国の認定を受けて、「キュアリング(Curing)」とよばれる独特な発酵熟成技術に磨きをかけて、試作から商品化に既に成功しており、今後は原料の量産化が課題となっている。また、宮崎県農業試験場も10年前からバニラの栽培を始めた。2050年までに宮崎県内の平均気温は約2度上がって沿岸部で現在主力となっているミカンの品質が落ちる見通しだそうだが、温暖化によってバニラは栽培しやすくなるので、今のうちから将来の宮崎の特産品作りに取り組みたいとの目論見だ。栽培当初は受粉率の低さが課題だったが、現在は技術も確立されて、素材としてのバニラの量産化にめどはたった。もっとも、キュアリングから商品化の具体策はこれからといったところ。ということは、宮崎県でバニラビーンズを量産化して、久留米の金子植物園で加工・商品化すれば、「九州産バニラの大量生産」が可能になるではないかという気もするが、それぞれ思惑があるので、マッチング=農商工連携は難しい。
 ほぼ1か月後の59日は「アイスの日」。日本アイスクリーム協会は、アイスクリームの消費拡大を狙って、東京オリンピック開催年の1964年に、アイスクリームのシーズンインとなるGW明けの59日に記念事業を開催したのがきっかけらしい。毎年、全国の主要都市では「アイスクリームフェスタ」といイベントが開催されていて、今年、九州では515日に福岡市三越ライオン広場で「アイスクリームフェスタ2016」が開催されて、来場者にはアイスクリームを無料で配るそうだ。そちらも楽しみではある。

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