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2016年7月

がんばる「造船アイランド九州」

2016年7月28日
 今週月曜日(25日)に、門司税関が2016年上半期(16月)の九州の貿易概況を発表した。輸出額は11.2%減少(35102億円)と二桁減少したものの、輸入額は、もっとすごい26.4%減(27711億円)と、より大幅に減少したので、どんぐりの背比べの結果、九州の今年上半期の貿易収支は過去最高の黒字(7391億円)となった。輸入が大幅に減少した理由は、原油が44%減少し、液化天然ガスも49%減少したことによる。為替相場云々や資源相場云々といった問題もあるが、決定的なのは、昨年下期(8月と10月)に川内原発1号機と2号機が再稼働したことの影響は、貿易額を大きく左右するインパクトがあったということになる。
 
貿易赤字になったり黒字になったりして、九州の貿易構造は、良い方向に進んでいるのか悪い方向に進んでいるのか分かりにくい。そこで1996年下期以降、過去20年間を半期ごとに振り返ってみると、40期間のうち、貿易黒字は28期間、貿易赤字が12期間。2812敗。勝率7割と、結構、黒字期間が多い。しかも、赤字となった12期間のうち8期間は比較的最近のことで、2011年上半期~2014年下期に連続して表れている。これは福島第一原発事故以降の原発稼働停止時期であり、原油の輸入量が大幅に増えたことに加えて、円安に振れて輸入品価格が高騰した時である。従って、この特異な期間を除けば、九州の貿易構造は、基本的に輸出が輸入を上回る貿易黒字にあると言える。
 
そんな今年上半期の九州の輸出について品目別にみると、最大の輸出品目である「自動車」が前年同期比1.9%減。熊本地震で一時的に生産がストップしたり、日産九州では北米向け新型車種のライン立ち上げのために生産を抑制していたことを考えると、カーアイランド九州は好調と言ってよい。一方、シリコンアイランド九州を象徴する「電子部品」は18%の大幅減となった。これは熊本地震の影響も若干はあったが、むしろ世界的なスマホ需要の低迷が堪えている。世界のスマートフォン売上台数は、2010年に年率73%という驚異的な伸びを示したものの、昨年は14%増と伸び率は鈍化し、今年は7%の増加率に止まると見通されている(Gartner調べ)ので、今年下半期もシリコンアイランドは厳しいだろう。
 
では、従来からの九州の輸出額第1位「自動車」が微減、第2位「電子部品」が18%減なのに、今年上半期の輸出を支えた品目は何だったのか。それは「船舶」の輸出である。前年同期比33%も増加して電子部品を追い越し、九州の輸出品目第2位に浮上した。
 
あまり知られていないが、九州は、国内建造量の約3割を占める「造船アイランド」でもある(自動車と異なり、門司税関より三菱重工業やSSK、ジャパンマリンユナイテッドが立地する長崎税関の全国シェアが2割と高い)。日本の造船シェアが世界の約3割なので、九州は世界の総建造量の約1割を建造していることになる。しかも、輸出向けが建造量の95%以上を占める輸出主導型産業だ。ちなみに、「造船アイランド」という言葉は、結構以前から九州運輸局が九州の造船業をホームページで紹介する時に使っている言葉だが、全く流行らない、というか定着しない。船自体が自動車や家電製品といった身近な消費財ではないのと、造船所は海端に立地しているので普段目にする機会が少ないことも影響している。
 
そんな日本そして九州の造船業界の歴史を紐解くと、実に奥が深い。
 
日本は島国なので、有史以来、造船とは切っても切れない関係にある。「明治日本の産業革命遺産」の中に長崎市の小菅修船場跡や現在も稼働している長崎造船所のジャイアント・カンチレバークレーンが入っているのも当然である。そんな産業革命遺産が示すように、明治以降の日本は富国強兵策の中で造船業に力を入れ、戦後においてもその勢いは止まることなく世界一の座に到達した。日本造船工業会によると、建造量の世界シェアは1956年から1999年までの44年間首位を守ったが(ピークは1984年の53%)、2000年に韓国が1位に躍り出て、2010年からは中国が1位となり、造船ニッポンは危機的状況に陥った。豪華さや高性能で勝負すると日本の造船力は世界一だが、お値段勝負となると、中国や韓国に勝てない。結果、2013年の造船業界の世界シェアをみると、中国が43%、韓国が34%、そして日本は僅か13%にまで落ち込んだ。1973年のオイルショック後の第1次造船不況、1985年のプラザ合意以降の第2次造船不況に次いで、2008年のリーマン・ショック以降は第3次造船不況と位置づけられよう。
 
ところが、その崖っぷちの日の丸造船業界にここ23年は追い風が吹き始めた。輸出が好調な自動車産業と似ているが、1つは「円安」で、国産船舶が比較的お求めやすいお値段で輸出できるようになったことである。もう1つは環境面での「国際規制強化」だ。20159月には一定の省エネ性能が義務付けられ、今年1月からは船舶の排ガスに含まれるNOX(窒素酸化物)を抑制する規制が強化された。省エネや環境対策は日本企業の得意分野だ。
 
そんな追い風によって、日本造船業界の世界シェアは2013年の13%から昨年の27%へと復活しつつある。おそらく、今年は韓国を追い越すだろう。韓国の造船メーカーは、「安値の中国」と「技術の日本」に挟まれて、「ビッグ3」と呼ばれる現代重工業、サムスン重工業、大宇造船海洋の韓国造船大手3社は昨年、そろって過去最大の赤字に陥り、3社の今年4月の受注は初めてゼロとなった。中国の台頭や、かつて世界一を誇った日本の追撃も重なり、韓国国内に不安が広がっている。
 
船の場合、建造期間は23年が一般的なので、昨年までの円安時代に受注した分でしばらくは好調が続くが、果たして今の105円近辺で、これまでのような受注が持続するかどうか。九州経済の稼ぎ頭となった「造船アイランド」の立ち居振る舞いが注目される。

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新しい九州道のスマートインターチェンジ計画

2016年7月21日

 今週日曜日の朝刊1面トップは、全国紙も地方紙も全て「トルコ クーデター未遂」に関するものだったが、西日本新聞1面トップだけは違った。「九州道・鳥栖久留米に新IC」というものだったので、より新鮮に感じた。
 内容は、九州自動車道の鳥栖ジャンクション(JCT久留米インターチェンジ(IC)間に、新たに「スマートICの設置を検討していることが分かったというもの。鳥栖JCTから南に34キロ南下した小郡市と鳥栖市の境目付近というから、オービスが設置してあるあたりか、ほんのちょっと鳥栖JCT寄りのあたりかもしれない。
 ここで言う「スマートIC」とは、ETC搭載車専用のICのことだが、九州縦貫自動車道では福岡~太宰府間の須惠PAに続いて2か所目、九州全体では5か所目となる(大分道日出JCT~別府間の別府湾SA、東九州道行橋~みやこ豊津間の今川PA、豊前~中津間の上毛PA)。
 また、高速道路が交差するJCTについては、全国に234か所存在するが、東京・大阪・名古屋の三大都市圏や政令指定都市、県庁所在都市といった人口集積地のJCT170か所あり、人口集積度の低い地域にはJCT64か所しかない。さらにその64か所の地方型JCTのうち、下の道路と出入りできるIC1㎞以内に併設されているのは全国に17か所しかない(そのうち6か所は九州…鳥栖、武雄、長崎バイパス、八代、延岡市、加治木)。さらにさらに、その17か所のうち東西南北4方向に展開しているJCTは鳥栖JCTのみである。要するに、割と田舎なのに高い拠点性をもっているJCTは、日本で鳥栖JCTのみということになる。
 このように全国的に見ても稀有な存在である鳥栖JCT近くに新しいスマートICを設置する狙いは、鳥栖、久留米、小郡、基山一帯の物流機能を強化するだけでなく、将来的には周辺開発を一段と進めることにある。下を走る鳥栖IC近くの国道3号が通勤時はほとんど動かなくなることも頻繁にあるので、下の道路の渋滞緩和にも大きく貢献するだろう。
 スマートICの総事業費は、接続道路整備も含めて約72億円。IC本体は国が全額補助し、接続道路は国と地元で負担する方向で、2017年度中に今の検討会を準備会に発展させた上で、国交省の事業許可を得たい考えだ。
この新しいスマートIC設置事業には、物流機能の強化や下を走る道路の渋滞緩和以外にも注目点がいくつかある。
 1つは、福岡県と佐賀県、小郡市と鳥栖市といった2つの県の2つの市にまたがるプロジェクトであるということ。従って、両県・両市の協調性が従来以上に求められることになることだ。さらに、鳥栖の物流団地は、博多港で通関手続きするスペースと時間を確保できないため、「陸の博多港」として機能してきた歴史がある。門司税関が管轄している博多港に荷揚げされたコンテナは、福岡都市高速から太宰府ICを経由して鳥栖ICまで運ばれて鳥栖の物流団地で通関手続きが行われることもしばしばだ(保税蔵置場(ほぜいぞうちじょう)は鳥栖地区に25か所)。その場合、通関手続きをするのは長崎税関の三池税関支署の久留米出張所である。つまり、博多港は門司税関管轄、鳥栖の物流団地は長崎税関管轄だ。従って、新しいスマートICが完成すると、輸入品の取扱量も大幅に増えるだろうから、2つの県と2つの市に加えて2つの税関の連携が、今まで以上に求められることになる。とっとと、道州制に移行すれば、こんな面倒はなくなるのだが、最近、「道州制」という言葉を全く聞かなくなった。
2つ目の注目点は、すでに震度7から3か月以上が経過した熊本地震とも関係する。自然災害の初期には、全国から集められた物資を一時ストックする拠点が必要となるが、今回の熊本地震では、九州のクロスポイント=鳥栖の物流団地がその役割を果たした。長崎方面には長崎自動車道の現在の鳥栖ICが便利で、大分方面には大分自動車道筑後小郡ICが利用可能で、熊本・南九州方面には今回整備される九州縦貫道の新しいスマートICを使って物資を輸送することができる。九州全域での自然災害時のサポート機能も高まるだろう。
 3つ目の注目点は、鳥栖・基山・小郡・久留米の県境をまたがる31町は、27年前の1989年に「筑後川流域クロスロード協議会」という任意団体を発足させて、スポーツ交流イベントや図書館の相互利用などの連携事業を行い、10年前の20066月には、九州で初めて道州制移行時の州都誘致に名乗りを上げた(直後に熊本市がマスタープランに「州都を目指す」と書き込んだ)。その後盛り上がる機運は感じられないが、スマートICの建設で鳥栖と小郡の一体感が高まれば、再びクロスロード協議会の活動も活性化して、道州制議論が少しは活発化するかもしれない。ただし、4年前に鳥栖市総合計画の策定委員を務めた時、「<道州制の州都をにらみつつ>程度の言葉は入れておいた方が良い」と意見したが、市側は消極的であったのが残念ではある。一方、熊本市の幸山前市長は、議会承認まで取り付けて「道州制の州都を目指す」と基本構想に書き込んでいる。
こう考えてくると、西日本新聞が「トルコのクーデター」ではなく「九州道の新IC」を一面トップに掲げたのは「流石! 全国紙と県紙の中間を担うブロック紙」と思わせるのに十分な気もする。

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お役人様風土の保守王国に突如誕生した民間出身知事

2016年7月14日
 日曜日の夜から月曜日にかけては、日本全国津々浦々、参院選結果と東京都知事選候補者とユーロ2016決勝戦で話題はもちきりだったが、鹿児島県だけは例外だった。
 
新人の元テレビ朝日コメンテーター三反園訓(みたぞのさとし)氏(58)が、現職で4選を目指した伊藤祐一郎氏(68)を破り初当選した。しかも、鹿児島県内の900を超える農業・商工業団体のほか、自民・公明両県議団が推薦して多くの市町村長も支援した現職伊藤氏の34万票強(342239票)に対して、新人三反園氏は43万票弱(426471票)と、結構な大差だ。大変なサプライズなのだが、なぜか全国はおろか九州他県でもあまり話題にならないのが不思議なくらいだ。
 
鹿児島県指宿市出身の三反園氏は全国放送の番組で政治解説をしていた時期があったとはいえ、鹿児島県内で特に知名度が高かったというわけではない。4年前の知事選の時も候補者として名前は上がっていたが、結局、立候補することはなかった。ところが今年に入ってから正式表明した。新聞報道によると、支援者の中にも準備期間の短さを心配する声が多かったという。
 
鹿児島県と言えば保守王国の牙城のようなもので、国会議員では、古くは衆議院議員を13期務め、田中角栄内閣で官房長官を務めた二階堂進。17期務め、防衛庁長官、通産大臣等を務めた山中貞則。近年では阪神・淡路大震災の時、専任の震災対策担当大臣に就任して見事に復旧・復興の陣頭指揮を務めた小里貞利。「ミスター新幹線」とも呼ばれ、この方がいなかったら九州新幹線は未だに開業していないとも言われている(10年前に九州新幹線部分開業調査レポートを書いた時、「小里と申します」と名乗るご年配の方から「とても良く分析されている」とのお褒めのお電話をいただき、「九州新幹線で分からないことがありましたらいつでもお尋ねください」と答えて電話を切って5分後に、鹿児島銀行秘書室から「小里先生からお電話番号を教えてほしいとの連絡がありましたので、近日中に先生からお電話があるかと思います。その時はご対応方、よろしくお願いします」との連絡が入った。先生、その節は大変失礼いたしました)。現職では、13期目で、2回法務大臣を務めた保岡興治(3年前、奄美大島の中小企業支援をしていた時に、先生から「奄美大島の地場産業を応援していただきありがとうございます」と、携帯の留守電にお電話をいただきました。恐縮至極です。でも、私の携帯番号をなぜ先生が…)。そして2010年に「TPP参加の即時撤回を求める会」を結成して会長に就任したものの、今では農林水産大臣を務めることとなった森山裕といったところが全国に知られている。
 
過去の鹿児島県知事はというと、中央省庁(とりわけ旧自治省)の官僚からの転身がほとんどで、知事が病気で倒れた時に生え抜きの県職員、須賀龍郎(すがたつろう)氏が2期務めたことがあるが、基本、鹿児島県出身で旧自治省事務次官級経験者の指定ポストという感じだ。伊藤知事も総務省大臣官房総括審議官からの転身だった。一方の三反園氏は政治記者として中央政界の取材経験が豊富だとしても、地方行政の実務に精通しているわけではない。東京都のような国家規模的地方自治体だと首長選びがタレントの人気投票みたいになりがちだが、地方では実務型としての素養が求められることを有権者自身が良くわかっている。しかも九州では福岡を除く各県どこもそうであるように「お役人様の文化・風土」一色であるのに、その本丸の鹿児島県で民間人が勝利した理由は何だったのだろう。
 
全国ニュースを見ていると、反原発団体と政策合意したことが大きかったようなイメージを受ける。事実、熊本地震の際、三反園氏は「川内原発は一時停止すべきだ」としていた主張を選挙戦では一歩進めて、「原発問題に関する検討委員会を恒久的に県庁内に設置する」として反原発団体との候補一本化に至ったことは票の積み増しに寄与した。結果、今週月曜日の株式市場では、九州電力の株価が急落して、終値は前週末比75円安の919円、33カ月ぶりの安値となり、その後も底這う動きが続いている。
 
しかし、三反園氏に反原発の強い追い風が吹いたようにも思えない。伊藤氏と二人三脚の選挙戦を展開した参院選鹿児島選挙区の自民党現職・野村哲郎(のむらてつろう)氏は、三反園氏とほぼ同じ43万票を集めて野党統一候補に勝利しており、保守王国の勢いを見せ付けている。だから、全国報道されている程には原発再稼働の是非は話題になっていなかったと言える。
 
では現職知事の何が問題視されて、8万以上の票が三反園氏に流れたのだろうか。それは、鹿児島県知事を4期務めた知事が今まで存在していないことが示しているように、多選への批判だ。
 
伊藤知事は総務省出身らしく、危機的状況というか、ほとんどタイタニック号状態にあった鹿児島県財政を再建した。伊藤知事が財政を立て直してくれたからこそ2004年の九州新幹線部分開業以降、鹿児島県への観光入込客増加戦略を推進することが可能となったし、「食と観光」に的を絞った産業振興戦略を推進することができた。この点については多くの鹿児島県の首長、議員、自治体職員が認めるところだろう。だが、このあたりの財政再建手腕は、ハコモノを作るわけではないので、一般県民にはあまり良く見えない。しかも、「知事のリーダーシップが十分発揮された」と言えば聞こえは良いが、ほとんど「ワンマン」に近い政策運営になっていたようだ。私も長い間、鹿児島県の審議会や委員会の類に顔を出してきたが、足もと数年間、とりわけ伊藤県政が3期目に入ってからは、知事のことを「社長様」とか「尊師様」と冗談で呼ぶ職員が増えて、幹部職員からも「この点は知事のご指示ですから…」という説明を受ける機会が増えていたのも事実である。そんな独断専行的状況がもっとも顕著に表れたのが、2013年の職員研修派遣計画だ。「鹿児島-上海」航空路線維持のために県職員千人を公費で上海に研修派遣するための11800万円という補正予算が議会に提出された時だ。その程度の路線維持・誘致予算は、九州他県でも毎年支出していることだが、「上海34日職員千人研修」はさすがに露骨すぎた(最終的には規模を縮小して実施された)。実は九州他県でもそっくりの事案が発生したことがあったが、その時は幹部職員が知事に待ったの声を掛けて表に出なかった。しかし、鹿児島県の場合は、まずいと思った側近でさえ声をかけにくい状況にあったのだろう。「僕の周りで反対する人は誰もいないけど」と、ローカルニュースで伊藤知事が話しているのを見て、頭に浮かんだのは、その「周り」にいつもいる人達の顔だった。若い頃に比べると、確かに最近はつまらなさそうに仕事をしている。上海研修騒動の直後には、鹿児島湾ウォーターフロントへのスーパーアリーナ構想(知事の言葉では「新体育館」)を突然発表した(最終的には白紙撤回された)。いくら県有地とは言え、鹿児島市の森市長もびっくりの突然発表だ。さすがにその時は、市民団体による前代未聞の現職知事リコール運動まで起きた(ただし、鹿児島県、とりわけ鹿児島市のMICE施設は新幹線終着都市、南の拠点都市としては貧弱なので、何らかの形で整備する必要があるとは思う)。知事周辺がイエスマンだらけになっていることを広く県民に知らせる大きな出来事だった。さらに自ら多選批判に拍車をかけてしまったのが、昨年、総合教育会議の席上で「高校教育で女子にサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」と発言したことだ。地元新聞記者がさりげなく記事にしたのが、全国ニュースにまで発展してしまい、女性蔑視ではないかと全国に波紋を広げた。私のように鹿児島県の男女共学の進学校を経験していると、頭脳明晰で謙虚な「薩摩おごじょ」が鹿児島県を支えていることが良く分かっているので、どう逆立ちしてもそんな言葉は出てこない。男子校のラ・サール卒業生の知事には、「男尊女卑の仮面をかぶった女性立県=鹿児島」の真の姿が見えていなかったのかもしれない。
 
こういったときにいつも引き合いに出されるのは、ドイツの社会学者・経済学者のマックス・ウェーバーの一言だ。「政治家に重要な資質は、情熱・責任感・判断力で、虚栄心という致命的な気質を克服しなければならない」。12年前の20042月、九州経済白書「フードアイランド九州」の説明会で鹿児島銀行本店別館を訪ねた時、講演直前に「総務省の伊藤です。今日は勉強のために参りました」と、笑顔で深々と頭を下げながら挨拶に来られた。総務省のキャリアさんが鹿児島会場での白書説明会にお見えになっている理由が分かったのは翌月のことだった。あれから12年。
 
たまたま日曜日の夜から月曜日の朝は鹿児島にいた。ユーロ2016決勝戦を見終わってから移動しようと思っていたからだ。テレビを見ていたら伊藤知事が選挙事務所で敗戦の弁を語り始めた。私にとっては驚愕のコメントだった。「12年間、パーフェクトにやってきた。私の政策にほころびはなかった」。一瞬、耳を疑った。その言葉は、ご出身地である出水市から2009年、突然、パイオニアとNECが工場撤退したことも含めてのことだろうか。「食と観光」に力を入れる一方、シリコンアイランド、カーアイランドの一翼を担う気概は全く感じられなかった。その後も、パナソニック撤退問題、富士通撤退問題と続いた。路頭に迷った従業員がどれだけいて、それをフォローするために担当部局と現地自治体職員がどれだけ苦労したのか良く御存知のはずだ。もっと言えば、伊藤鹿児島県政の12年間は、新幹線開業効果に湧いたバラ色の地方行財政環境にあった。財政再建手腕に長けていたというよりも、実は新幹線効果(2004年の部分開業から2011年には全線開業)が強い追い風となって財政再建と食品関連産業振興施策を推し進めてくれたという側面もあったのではないか。その九州新幹線は、石油危機で博多駅以南の整備計画が凍結されたのち、鹿児島県選出の国会議員や財界人、自治体首長総出で30年間汗だくになりながら陳情を続けてきた果実である。伊藤県政は、その果実のおいしいところだけを横取りしただけではないのかという見方もできる。先達への感謝の言葉が最後に聞かれなかったのは残念だった。
 
新しい鹿児島県知事には、初心を忘れず庶民派知事として頑張って欲しいが、「三反園さんが勝った」と言うより、「現職知事が自滅した」というのが今回の知事選の総括だ。
 
さて問題は、今年10月に川内原発1号機が定期点検に入ることだ。年明け早々に再稼動する時、一つのヤマ場が訪れることになるだろう。その前には来年度予算案が控えているが、オール与党とも言える県議会と、どう渡り合っていくのだろうか。大いに注目したい。

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下落幅が小さかった日銀短観結果の舞台裏

2016年7月7日
  震度7の前震から今日で12週間。
 
先週末には熊本地震後初めてとなる四半期に1度の日銀短観結果が発表された。九州全体を振り返る前に、先ずは被災地熊本の景況感から。
 
日本銀行熊本支店が発表した熊本県内企業153社の業況DI3月の+7から今回の▲16へと23ポイントも落ち込んだ。もちろん全国で最大の落ち込みだ。それにしても驚いたのは、熊本県内企業の回答率が100%になっていることだ(153社全てが回答)。先月末に日銀に電話して、熊本県の企業にもいつも通り調査票を送ったのか尋ねたところ、いつも通り送ったとのことだったので、回答率が相当低くなってしまうのではないかと思っていたが、それだけ落ち着きを取り戻しつつあるということなのかもしれない。大分県も前期の+12から今期の▲2へと14ポイント落ち込んだ。ただし、九州でマイナスになった(景気が悪いと答えた企業が多かった)のは熊本県と大分県のみで、その他は鹿児島・宮崎県が±0に落ち込んだ以外は水面上にとどまった。総じて、熊本地震が企業の景況感に与えたダメージは、北部九州より南九州の方が大きかったと言える。それは道理で、九州縦貫道という大動脈がしばらく寸断していたので、その先に位置する南九州には陸路でモノを運びにくい状況が北部九州より長く続いたからだ。例えば、スーパーやコンビニで売られているミネラルウォーターやインスタント麺。これらの商品は福岡都市圏でもGW前半は欠品状態だったが、5月に入ってからは徐々に入荷されていた。ところが震源地より南の鹿児島市内ではGWが明けるまで、水もカップ麺も、はたまたパンまでもがコンビニの棚から消えていた。霧島の○○水とか多くの銘柄の水が生産・販売されているのに、なぜかと事業者に尋ねたところ、被災地に向かうタンクローリーに給水するので精いっぱいなのに加えて、容器であるペットボトルがメーカーから届かなかったのも理由とのことだった。インスタント麺のメーカーや大規模パン工場も鹿児島県内にあるものの、原料の小麦粉や包装袋が熊本から届かなかったそうだ。驚いたのは、鹿児島県内の一部の焼酎メーカーの生産ラインが止まったこと(芋は端境期なので麦焼酎)。なんと、瓶に貼るラベルを熊本の印刷業者に発注していたそうだ。細かいところまで見ていくと、県境を越えたところで分業体制が構築されていたことに改めて驚く。九州縦貫道という大動脈が寸断された中、せめてもの救いだったのは、地震報道の陰でほとんど話題にならず、開通式典も中止となったが、東九州自動車道「椎田南IC-豊前IC間」が424日に開通し、北九州市・大分市・宮崎市が高速道路で結ばれたことである。南九州への物資もここを使って迂回配送された。
 
日銀短観結果を九州全体でみてみると、3月の+14から6月の+5へと9ポイント低下したが、依然プラスにとどまった(全国は+7から+4へと3ポイント低下)。あの熊本大地震にもかかわらず、依然として全国を上回っている。事前の予想では、もっと落ち込んで、マイナスになるのは必至と思っていたが、意外にも下落幅は小さかった。
 
九州の景況感が予想ほど落ち込まなかった理由は、主に3つある。
 
1つは業況アンケートの回収時期であり、2つ目は九州の産業構造の大黒柱である「カーアイランド」と「シリコンアイランド」が踏ん張ったこと、そして3つ目は、景況感に沖縄県を含んでいることである。
 
一つ目の理由は、業況アンケート回答時期は5月末~6月末だったが、その時期は熊本地震発生直後の大混乱からやや落ち着きを取り戻して、「九州ふっこう割」(九州観光支援旅行券)の発売など被災地支援策、風評被害払拭策が相次いで打ち出されていた時期だったのに加えて、623日のイギリスEU離脱国民投票前にほとんどの調査票は回収されていたからである。つまり、絶妙のタイミングでのアンケート回収だったことが九州の景況感の大幅悪化に歯止めをかけたと言える。もしひと月前の為替相場が今日のような1ドル101円とかになっていたら、結果は大きく変わっていただろう。
 
九州の景況感が大きく落ち込まなかった2つ目の理由は、業種別に景況感を見た時、観光関連は「宿泊・飲食サービス業」が3月の+26から▲24へと、崖から転げ落ちるように50ポイントも下落したが、その一方、九州の産業構造の柱とも言える「シリコンアイランド」と「カーアイランド」の2つが踏ん張ったためである。
 
輸送用機械製造業をみると、前期の+17から+13へと4ポイントの低下にとどまっている。熊本地震直後には、アメリカの自動車最大手ゼネラル・モーターズ(GM)までもが熊本地震の影響で部品調達に支障が出るとして、北米にある4つの自動車組立工場(米国のオハイオ州、カンザス州、テネシー州の3州と、カナダの工場)で425日から2週間にわたって減産したほどだったが、宮若市のトヨタ九州(43万台/年キャパ)は56日に生産を再開し、中津市のダイハツ九州(46万台/年キャパ)は5日間稼働を停止しただけで、苅田町の日産九州(43万台/年キャパ)に至っては生産停止も減産も無かった。完成車生産メーカーが被災地から比較的離れた北部九州に集中していたことに加えて、自動車メーカー各社は、在庫を持たないジャスト・イン・タイムで部品を調達するのがかつては一般的だったが、東日本大震災をきっかけとして、一定レベルの在庫を持っておくように方針転換したことと、万一に備えて代替生産計画を常に考えていた(BCPBusiness Continuity Plan、事業継続計画)ことなどが功を奏した。もっとも、熊本市南区に立地し、ドアチェック(ドアクローザー)国内生産シェア1位のアイシン九州や大津町に立地する二輪車生産の本田技研工業熊本製作所(12万台/年キャパ)は、工場建屋や設備の被害が大きく、生産復旧は8月にずれ込む見込み。
 
一方の「シリコンアイランド」、電気機械製造業をみると、前期の+10から今期の+7へと3ポイントの低下にとどまった。カーアイランドの主要工場が北部九州に偏っているのと対照的に、半導体等電子部品生産工場は九州全域に分散立地していることがリスク分散につながった。加えて、自動車の場合は部品点数が3万点とも5万点とも言われるくらい、1次、2次、3次下請け工場にまで裾野が広いが、電子部品の場合、部品点数は数十点で、自動車産業ほど広域的に下請け工場が分散しているわけではないことも寄与したものと思われる。
 
そして、九州の景況感が大きく落ち込まなかった3つ目にして最大の理由は、絶好調の沖縄県の+39という景況感を含んでいるためだ(沖縄県の毎年6月のDIを振り返ると、2012年=+32013年=+112014年=+252015年=+35)。沖縄県分を除いて九州7県分のみを再計算してみたところ、今期のDI+1となり(沖縄県を除いた九州7県の前期は+9)、さすがに九州7県だけでは全国(+4)を下回った。それにしても、沖縄県の+39と熊本県の▲16の乖離は55ポイントにも達するので、同じ「九州」でくくって景況判断をするのには無理があるようにも思う。
 
では、9月の見通しはどうなっているのか。短観では現状維持の+5で横ばいと見通しているが、今回が大底だろう。東日本大震災の時、2011年の東北6県は、6月▲219月▲412+3と急速に回復した。その2011年の為替相場を振り返ると、4月の1ドル83円が年末の78円へと超円高に向かった時だ。今日の101円どころの騒ぎではない円高水準にあって、東北地方は急速な復旧・復興を遂げた。その東北人の頑張りをお手本としたいものだ。
 
間もなく梅雨も明け、夏休みの観光シーズンで「九州ふっこう割」も大活躍してくれるだろう。そして夏休みが明ける頃には、熊本県内で今生産が止まっている工場も続々と再稼働していくことだろうと期待が高まるが、その前に、台風1号の進路が気になりますなぁ。

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