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平松前大分県知事の一村一品運動

2016年8月25日

 「一村一品運動」で知られる平松守彦氏が亡くなられた。19794月から20034月まで多選批判をものともせず大分県知事を624年務めた。
 平松前知事とは、九州地方知事会の事務局の仕事のお手伝いをしていた時や、大分県の市町村合併(58市町村18市町村)の基礎調査を受託していた時に、何度かお話をさせていただいたことがある。市町村合併の基礎調査では、江戸時代の藩の分布状況にまで遡って地域社会の形成過程を振り返って、その後の明治の大合併や昭和の大合併で自治体のエリアがどのように形成されてきたのか分析するが、大分県の歴史を振り返ると、多くの小藩が分立していたので、廃藩置県の際にも県としてのまとまりを欠いていたという歴史がある。県全体がまとまりを欠いていることを逆手にとって、地域間の競争心をあおることで大分県を活性化させようという戦略で生まれたのが平松知事の「一村一品運動」だった。
「一村一品運動」は、特産品づくりを通して地域活性化を図るという平松さんが提唱した「地域振興政策」のこと。コミュニティの活性化、人づくりがあって初めて地域振興ができるという信念に基づいており、単なる特産品開発とは異なる。また、一村一品というと「一つの村で一つの物を集中して作る」と勘違いしている人もいるが、「誇れるものを一品でも多く作る」という意味で、決してヒット商品が開発されればそれで良しとするものでもない。
 また、全国的に「平松知事と言えば一村一品」といったイメージが定着しているので、平松知事がゼロから構想した政策のように勘違いされているが、それも違う。一つの地域振興モデルが大分県内に存在していて、それを全県的に推進し、全国へ、そして海外へと広める政策が「一村一品」だ。モデルになったのは、1960年代から「ウメ、クリ植えてハワイへ行こう」というユニークなキャッチフレーズで知られていた大分県大山町(現日田市大山町)の特産品づくり運動だ。1960年代と言えば、中央政府が米の増産を推進していた時代だったが、中山間地域に位置する大山町は米作に向いていなかった。そこで収益率が高く、農作業が比較的楽な梅と栗を植えて、付加価値が高い梅干しなどに加工して出荷を行い地域振興を図るという運動をすすめた。実際に1ドル300円時代であったにもかかわらずハワイ旅行に繰り出したというのだから驚きだ。結果、当時の大山町は全国で最も住民のパスポート所持率が高い町になった。その地域振興策をお手本としてスタートした一村一品運動は、大分県内に広がり、シイタケ、カボス、豊後牛など、日本全国に通用するブランドを生み出した。とりわけ、佐賀関町(現大分市)の「関あじ、関さば」や「大分麦焼酎」は一世を風靡した。平松知事在職中に開発された特産品は336品目に達し、そのうち4割弱に相当する131品目は、年間販売額が1億円以上だ。食品開発に携わる方々は、中小企業が開発する食べ物の新商品で年商1億円というのが、どんなにすごいことなのか理解できるだろう。さらに、一村一品の販路開拓では、平松前知事のトップセールスもかなり貢献していた。三和酒類の麦焼酎「いいちこ」の場合、知事が東京で政財界の方々とスナックに行かれた時に、そこのママさんに「下町のナポレオンを置かせてちょうだい」と言って、車のトランクから五合瓶を取り出してトップセールスをしていたというのは有名な話だ。
 それにしても「一村一品」というスローガンもシンプルで良い。おそらく自治体職員だったら、「一市町村一特産品開発および販路開拓運動」とかのネーミングをしてしまいそうだ。
 一村一品運動には基本となる3つの精神がある。
 第1は、「ローカルにしてグローバル」。地域に根ざしていていながらも、視野はグローバル、という視点を持つことである。内なる資源を活用して、外に対して通用するものを作るということ。一度、在職中の平松知事に雑誌の寄稿文を依頼したことがある。すると、そのタイトルが「Think locally,Act Globally」となっていた。当時、地球環境問題解決のスローガンとして世界的中で良く使われていたのは逆の「Think glbally,Act locally」だったので、もしかすると間違いじゃないかと思いながら恐れ多くも秘書室経由で確認してもらったところ、「一村一品」の場合はそれで良いということだった。
 第2の精神は、「自主自立」である。行政主導ではなく、地域が中心となって独創的な開発をする。行政は黒子に徹して、やる気のある人をサポートする。全国的に見ても、大分県が「農家民泊」や「農村レストラン」「グリーンツーリズム」の先進地となったのは、この「自主自立」の精神の表れと言われている。
 第3の精神は人づくりである。ひとづくりが最も良く具体化されたのが、学生の半数がアジアからの留学生である「立命館アジア太平洋大学(APU)」の誘致だろう。一村一品は必ずしも産品とは限らない。
 平松さんと言えば、「一村一品運動」以外にも、地方分権の旗振り役として知られる。「地方と国が対等に話し合うには、市町村合併を大胆に進め、道州制を導入し、道州が主権をもつ連邦制への移行が必要だ」との主張だ。市町村合併調査の中間報告のために知事室を訪ねるたびにご注文をいただいていたのが、「もっと市町村合併の先に、「九州府」がつくられていくという姿を盛り込むように」ということだったのが強く印象に残っている。国がやるべきことは「通貨、国防、外交」に制限して、福祉、教育、農業などは全て地方に任せればよいと書き込めと言われて困ったことがあった。「国が防衛費の増額を必要とするならば、地方政府に陳情に来るべきだ」とするものだ。
 そんな平松さんの目に、道州制の「ど」の字も言わなくなって、画一的な「地方人口ビジョン・地方版総合戦略」を作成させて、中央政府のお眼鏡にかなう政策を書いたところに交付税を積み増してあげるという政策をとる今の政権は、果たしてどんなふうに映っていたのだろうか。最後にご意見をお伺いしたかった。
 ご冥福をお祈り申し上げます。

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